目が“バカ”になる

画像
な~んか、スゴい岩場に見えるかも?
でもココ、普段フツーに通過している場所なのだ。


何気に写真をB/W化したりして遊んでいたら、一瞬手が止まった。

「…えっ?」

ただの通過点が、結構な岩場に見えてしまう。
目の錯覚か、感覚のズレなのだが、今さらながら「ホエ~、結構な斜面だったのね…」とかなんとか。

と同時に、昔の山岳雑誌ではフツーに掲載されていたであろうこんな1Cの写真を見てもなお、「ここに行きたい!」と向かっていった先達には、尊敬というかある種のウラヤマシサ的感覚を禁じえない。
その“先達”が、今僕たちが難なく通過できる鎖などを設置してくれたのだ(要らん事かもしれんケド)。


いたってフツーの山ノボラーな僕は、終わってしまってようやく、「よくもま、こんな場所を…」とようやくヲソロしく感じるにいたるのである。

おそらく行動中の僕の目は、たぶん軽い“バカになってる”のです!

日常生活にない急斜面を、登ったり下りたりする行為には、新鮮なトキメキと共に、少なからず“恐怖感”が伴うハズだ(あ、僕の場合ネ)。


今となっては恥ずかしい話だけれど、初めて八ヶ岳に行った時、僕は阿弥陀岳にすら登れなかった。

先日、10数年ぶりに阿弥陀岳を登り下りしたのだけれど、「あれ? こんなだったっけ??」くらいの感覚しかなかった。
正確とはいい難い記憶に従えば、昔のアミダは、もっともっと急だった…ハズ。
今は鎖などが付き、さらにはルートも随分掘られて、“緩く(=登りやすく)”なっている気がしてならない。
ま、これもまた“目がバカになった”結果の感想なのだろうか。



かなり無駄に長くなるけど…。

初めて八ヶ岳に行ったのは5月下旬。
その時の計画は、行者小屋ベースで地蔵尾根、赤岳~中岳~阿弥陀岳、山頂を往復して阿弥陀岳基部から直接行者小屋に下るルートだった。
ところがこの計画、初めから波乱に満ちていた。

スタート時点で地蔵尾根の入口を間違い(←アホ)、入口手前の樹々の隙間をルートだと思い込んで東に進んでしまった(←たぶん今ほど“道標”などの整備が整っていなかった=“言い訳”です)。
踏み(足)跡もなく、オカシイなとは思いつつ、“引き返すのがイヤ!”な性格が後押ししてしまっていた。
ついには目の前に急峻な岩の壁が立ちはだかった。

「ここは“ルート”じゃないダロ」と認識したのは、その垂直に近い壁の前に辿り着いた時だった(愚)。
しかたがない(ワケではないのだケド)ので、左側にあった小さな尾根に向かう多少緩い斜面から“上”に行くことにした(おそらくこの時には、自分が本来の“地蔵尾根ルート”よりも南の谷筋から入ったことに気が付いていたのだろう。「ここを越えたら一般ルートに戻れる」とか考えていた…ハズだ)。

それでも“左のやや緩やかな壁”にはまだ一面雪が残っていた。
“軍手(プ)”を着け、触ってみたらズボッといくグザグザの雪。蹴り込めば足首近くまで刺さった。
拾った40cmくらいの木片を左手に持ち、「オモロイやんけ!」と思って取り付いた10分後には、後悔していた。

自分が今登ってきた(ほぼ)真下を振り返り、

「こ、こんなトコ、絶対下りられへん(涙)!」

それこそしかたがないので、“爪を立て”ながら一心不乱に雪面を登り切り、ようやく&ついに尾根に出た瞬間、

「きゃっ!」と女性の声が…。

僕も「きゃっ!」である。

現れるはずもない場所から突然姿を現した僕に驚いた女性に続いて、“地蔵尾根”の正規ルートを登ってきた彼女の旦那さん(←下山後テン場で再会して判明)に、フランクに「な~んでそんなトコ登ってきたの~?」と聞かれて、僕のウブな頬が赤らんだのはいうまでもない。

そんなことがあったので、アドレナリンが分泌され過ぎたのか、ルート名由来の「“ジゾー”はどこだ?」と考える余裕も疑問もぶっ飛んだまま、無感覚で通過してしまった。鎮座する“御地蔵様”の記憶はまったくない。

ともあれ、赤岳を越え中岳、阿弥陀岳の基部までは順調に進んだ。
阿弥陀岳の基部には、先行者のものと思われるザックがいくつか置かれていた。
下界の認識しかなかった僕は、「こんなところに荷物を放置したら、誰かに持って行かれてしまうのではないか?」と心配した。
でもま、今でもデポった荷物のある種の“置き引き”の問題はあるにはあるが、そんな場面に遭遇する絶対的人数(≒犯罪被害確率)という意味では、シアワセな時代だったのかもしれない。

で、とにかく阿弥陀岳に取りかかった。
登るにつれて、ふとある種の不安にかられてしまった。
振り返った時である。
「ここ、下れるか?」という疑問でもある。
この時僕は、結構急な所で岩にしがみついていた。

現在のルートは、削られた踏み跡としてはっきり残っている。
でもその当時、怪しげな僕の記憶では、確か岩に白ペンキの“○と×”がこのルートには塗られていたような気がする(違ったらゴメンナサイ)。
で、当時の僕はといえば、ルートファインディングもトホホなレベル。“誰か”が進んだ道を追随するので精一杯。
今思えば、たぶん明瞭ではなかったルートを南へ南へズレて登っていっていたのだろう。
攀じ登り、初めて「コワイ(=不安)」と感じた時、躊躇わず「下ろう」と決心した。
まだ僕の目はバカにはなっていなかったのだ。

「次来た時のために」とコンパクトカメラ(懐かしっ!)で、今自分がいる場所の、いわば“証明写真”を残しておこうと、足元の上側、下側を撮っている時、アタマの上から鈍い“ゴゴッ”という音が聞こえた。

ハッと振り返り音源を探ると、南稜に近いより急峻な斜面に一頭のニホンカモシカがいた。
生まれて初めて見た、といっていい大型の野生生物だった。

「なんでオマエそんなとこ、いてんねんっ!?」

これはま、その時の日記そのままの表現なのだけれど、自分=ニンゲンが「コワイ」と感じた斜面よりも急な場所で、おそらく新芽をついばんでいる“野生”に対する畏敬に近い感覚だったかもしれない。

その時僕は初めて、なんだろ、ある種の、“山”に対する畏怖を感じたのだ。
「ここは、“ヒト”がいていい場所なのだろうか?」とか…(笑)。
登頂できなかった言い訳にしか過ぎない感想だと思うけど、実はフツーの人が、フツ―に感じる、フツーの体感で、

“目がバカになったニンゲン”

には絶対的に感じられない、とても貴重な感覚なのだ(と思う)。


んでま、オマケ的な話なのだけれど、阿弥陀岳を断念して恐る恐る下ってきた僕は、今度は阿弥陀岳~中岳の鞍部の下山ルートの入口が見つけられず(あまりにもヒドイ)、2万5千の地図上、「たぶんこのヘンっ!」的直感で下山を始めた。
中岳の膨らみに伴った緩い稜線の急峻な左(西)側の雪面を、かかとで蹴り込みながら下ったのだ。
「こんなルートあるワケない!」と思いながら、視覚的にどんどん近付く行者小屋テン場の、色とりどりのテントが大きくなるにつれ、「もうすぐ生きて帰れるっ!」的な思考に支配されていたのは間違いない。

テン場に戻ってみれば、両手の軍手はもとより、某ICIで買ったゴアテックスでもなんでもない超チープなトレッキングブーツ、そしてコットン/ナイロンの6ポケットの軍用パンツはすべてビチョビチョ。
季節的に日があるうちは「冷たい」とは感じなかったのだけれど、「明日までに乾くのか?」というくらい濡れていた。
何せ夜には“ポリタンク(←死語?)”の水が、カチンコチンに凍っていたりしたのだから…。

散々な感じの初八ヶ岳だったケド、今の僕の山に対する感覚は、この時のすべてが礎になっているのは絶対的に間違いない。
ん~、礎的には他にも、ドカ雪に降られて埋まったテントとか…(これはまた別の機会に)。


それでそう、う~んと~、何だっけ?

あ、そうそう、“目がバカになる”話だった。


(まだ続きます…というか、元に戻ります)


初めて「アレッ?」と感じたのは、その年の夏登った槍ヶ岳の時だった。
事前に情報を詰め込んだ僕は、ある種の“アタマデッカチ”になっていた。

現場で見上げる岩塊、急峻な壁…。
「コンナトコ…ゼッタイ」的ネガティブな感覚に支配されながら、登りの一手一手がすべて“恐る恐る”だった。

なんとかたどりつけた頂。小さな祠を前にして、「ありがとう」と念じたのは正直な気持ちだった。
休憩しながら、あえてストンと切れ落ちた“穂先”の縁に腰掛けて、股座の間から覗き見える下界の遠さに生唾を呑み込んだ。
とても正常な感覚だった。

リアルに「ここから落ちたら間違いなく死ぬんだな」と肝に響いたのは束の間、早速下山。
『山の遭難は、ほとんどが下山の時…』。少なからず緊張していた。

ところが、山頂直下の梯子を下り、急な岩場にさしかかった時、「ホラ、早く行けよ!」的な感覚が前を行く登山者に芽生えたのだ。
僕はもうオカシクなっていた。気が付けばほとんど手を使わずに下っていたのだ。
「こんなこと、アリえない…」というのが、その日の日記。

“恐る恐る”登ったにもかかわらず、“下り”の時には他人に対して「早く行け」などと感じてしまうあたり、

完全に僕の目は バカ!になっていたに違いない(笑)。


う~ん、この感覚、だれかに伝わるのだろうか?


おかげ(なのか?)でその翌年、まだ雪が多く残る阿弥陀岳にホイホイ登ることができたんだけど…。



たとえば槍穂縦走(北から順)の時、槍ヶ岳の後はどこか「ふぅ~ん」的に南下していないだろうか?
“ハセP”だって、北穂の登りだって、ジャンダルムだってどこか「ふぅ~ん」…。

それはまさしく、

あなたの目、バカになってます!

に他ならないのです!


この結界を突破できたあなたは、ほとんど“山ヤ”の領界に足を踏み入れています。
後は“死なない境界線”との戦いです(笑)。
とてもキケンです!


こないだ阿弥陀岳南稜をホゲホゲ歩き、厳冬期に登った“天狗尾根”を右視界にチラチラ感じながら、P3のビショビショのルンゼでも“フンッ、フンッ”と突き進んで草付きあたりで振り返り、ようやく気が付いたのは、

僕の目もかなり、恒常的にバカになっている!

ということ。それ以外の何でもないのです。
“目がバカになる”とは、ある意味とても恐ろしいことなのです(笑)。
ニンゲンの想像力(危険予測)の失陥と、限りなく“=”なのです。
気をつけなければなりません。

こんな怖いトコ、もう2度と行ってはならないのです(←本当か?)。
目がバカになったニンゲンには、とてもキケンです。




…で、今回はいったい何の話なんだ?

…マッタクワカリマセン。




あ、タイトルPhは、八ヶ岳、赤岳南側直下の岩場です。
頂上からは、5~6分で到達できます。

B/Wほど大した場所ではありません。
気が付かないかも…。
おためしあれ。








あ、アカン、まだ酔ってる。もう朝だよ(涙)
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