安堵のケムリ

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日常何かと忌み嫌われる“ケムリ”。
焚火とか、スモークとか、バーベキューとか、たばことか、隣家の夕げの焼き魚だとか…。
“誰かのケムリ”だからなのだろう。

天候が崩れて予定外の時間を費やしてしまい、強風の稜線からヘロヘロの体で下りてきた。
夕暮れ前の小屋からは、遠慮がちな煙突がニョッと突きだし、その先からモウワモウワと煙が昇っていた。
それを見つけた瞬間、その場にへたり込んでしまった。
アドレナリンから解放されたのだ。
煙は、そこに“誰か”がいるアカシ。
小屋の中は“安らぎのスモーカー”になっていたケド…。

それほど多くの避難小屋を知っているワケではないのでよく分からないが、薪ストーブ(なのかな?)がある小屋は多くないのではないだろうか。

それでも、炉は小さくて、鉈やノコギリなんて装備していない山ノボラーは、薪を小さくするのに苦労する。
投げたり、蹴ったり、無駄とは分かっていてもピッケルなんかで引っ掻いてみたり…。

本着火していない冷たい薪ストーブは、まだ力強い上昇気流を発していないので、煙突のつなぎ目などから煙が漏れだし、あっという間に小屋の中に広がる。
目が痛くても、涙を流しながら、バックパックから取り出したパネルなんかで煽って煽って、パタパタし続けられた者だけが“勝者”となれる(笑)。

そんな苦労が、あのケムリにはあったのだ。

1度火が着いてしまうと、薪ストーブは「もうアナタの温もりからは離れられない」存在になり、炉の中の炎を見つめていると、“時間”が消える。
ガスストーブなどでは得られない、絶対的な火力と熱量。そして生火の安堵感。
意味もなく湯を沸かしてみたりしてしまう。

外気温は-15℃だったが、小屋の中に張ったテント内は-10℃前後になった。

深夜、小用に出ようとライトを点けテントのジッパーを開けると、小屋の中の空気中の水分が凍りつき、ダイヤモンドダストのようにキラキラと反射してきた。

ストーブの火は消えていて、小屋の中はオソロシク寒かった。
アンダー上下だけでは無謀だった(愚)。
頭の先から足の先、肝心なことろまで縮こまり、外に出たワケさえ忘れて、そのままテントの中に縮こまった。


さて、そろそろ次の準備を始めよう。
今度はコッソリ、小さなノコギリでも忍ばせてみようか。
装備品一式丸ごと“スモーク”されてしまうけど…。

ま、いいか。





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この記事へのコメント

2010年01月10日 08:08
-10度!
よく寝れますねー^^;
薪ストーブ、小枝とか、紙とか無しに、火付けするって、まず不可能に近いですよね
しかも冷え切っているストーブは。
小さい斧を置いておいてくれるとすごく助かるんだけど・・・
そういうわけにはいかないんでしょうね、きっと。

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